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【Pete's diary更新】 Pete Townshend (who he?)
Peteの公式サイト内、9/13付のdiaryの内容は以下の通りになります。
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この場所で「The Boy Who Heard Music」という名の小説の連載がまもなく始まる。私はこの物語に2000年9月に取り掛かり、少し前に書き上げた。
しかし自伝「Pete Townshend (who he?)」についてはそれよりもずっと前の1996年から着手している。ここ数年間中断していたが、最近また執筆を再開し、大いに楽しんで書き進めている。ここにその一部分を引用する。
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1952年 母方の祖母、"Danny"と過ごした日々

クリスマスにほんの短い間戻った以外は、その冬をずっと彼女と過ごした。私がDennyと暮らしている時、母の弟Mauriceとその新しい妻Joyce(背の低い内気な金髪女性だった)がWestgateにやってきた。彼らは私がクリスマスを自宅で過ごせるよう迎えにきたのだ。Maurice叔父さんは私にとってあまり馴染みのない人だった。若い頃に自分の母と離れ、多くの苦労をしてきたに違いなかった。自分の母Dennyが私に行き過ぎた振る舞いをして、ついには私がめそめそと泣くのを見るのは耐えがたかったろう。彼女は私に対して母親のように振る舞ってかわいがることがあった。彼の心には何も書かれていないキャンバスのような無垢な子供だった私をうらやむ気持ちがあったのかもしれない。
その日の空の色はKent州だけに見られる独特の暗い灰色だった。私は叔父の三輪モデルのスポーツカー、モーガンの運転席後ろのスペースに無理やり体を押し込めていた。キャンバスルーフのため凍える思いだったが、家に帰れる喜びに心が躍っていた。あるジャンクションで叔父は少し道に迷いエンジンを止めた。彼が地図をじっくり見ている間、屋根のキャンバス地の隙間から風が不気味な音を立てて吹き込んだ。「まるで」Joyce叔母さんが身を震わせて叫んだ。「戦争の時のサイレンや、爆弾の音みたいだわ」叔父はその言葉に何も言わなかった。ただ目を上げて風の音に聞き入り、頷いてまた地図を見始めただけだった。その時の荒涼とした雰囲気は今でも私の中から消えない。

ロンドンはかつて見たことないほどのひどいスモッグに覆われていた。その冬にロンドンとその郊外では2000人が亡くなった。私は喘息持ちの子供ではなかったが、家に帰って両親と過ごしたことで失ったものがあった。健康だ。FileyとClactonで休暇を過ごしたところ、母がひどい風邪を引いた。彼女はひどく苦しみ、6歳になったばかりの私もすぐに風邪と流感と気管支炎に冒された。誰もが私のいつまでも続く鼻水は感染症によるものだと考えた。

10年近くも後になってから検査を重ねた結果、それが重度の猫アレルギーによるものだったということがわかった。Dennyは猫を飼っていなかった。よって私が彼女と住んでいた時、また休暇で訪れていた時、くしゃみが出ることはなかった。ゼーゼーと喘息のような息をすることも、鼻水が(当時の私の鼻は小さくかわいかった)止まらないということもなかった。両親の家に戻った時の私はまるで正反対だった。Actonの家で私が使っていたベッドは私がいない時には猫が(時には数匹)使っていた。私が眠っていた部屋は家族部屋に変わり、いつもドアが開け放たれていた。私は猫が大好きで、夜にはいつも1匹ベッドに連れて行った。母が飼い猫の1匹に子供を産ませた為、1ヶ月か2ヶ月の間は家中で猫たちが歩き回っていた。肌を掻くといつも赤くみみず腫れのようになった。呼吸が浅くなり、深く眠れずに何度も目が覚め、とうとう体に様々な悪い症状が起こるようになった。母はよく野良猫を家に連れてきたが、そのうちの何匹かは母が与える餌を少ししか食べず、明らかに他に何人も飼い主がいるようだった。私のベッドがそのような猫たちの気ままな寝場所になった。特にかわいがっていた1匹を抱きしめて顔をすりよせると、息切れがして鼻水が止まらなくなり、気がおかしくなりそうなほどの脱水状態に陥ったこともよく覚えている。私は自分の体調を悪化させる原因そのものを抱きしめてかわいがっていたのだった。信じられないことだが、当時アレルギーについての理解は少なかった。猫アレルギーの存在などというものはまだ疑問視されていた。それを純粋なアレルギーによる反応ではなく、猫にたかるノミに対する嫌悪感によって生じる拒絶反応だと考える人も多かった。
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これが気に入ってもらえるといいのだが。きっと更に面白く読めるものになるだろう。
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